(業界紙レポートを要約)
買い手エージェントに支払われるコミッションをめぐって続いていた訴訟の大部分が示談によって決着が つきつつあるが、最大の被告である全米不動産協会(NAR)も示談が成立した。売り手が売り手エージェ ントと買い手エージェントのコミッションを両方支払うという既存システムは米国で長く続いてきたが、 このシステムでは買い手エージェントが買い手に支払われるコミッション額を通知する必要がなく買い手エージェントはより高いコミッションを提示する売り手の物件を買い手に勧めるという慣行が続いていた。訴訟では公正な競争原理が機能していないことが最大の焦点となっていた。
今後買い手は買い手エージェントと直接自らで支払うコミッションについて交渉するのか、買い手エージェントが買い手にコミッション額を通知した上で引き続き売り手が全てのコミッションを支払うのかまだ 方向性が見えていない。ただ住宅物件情報を一括提供する全米のMLS サービス(日本のレインズ)ではコ ミッション表示に関するポリシーを全面改革する必要に迫られている。 米国司法省が求めているコミッションシステムは売り手が買い手エージェントのコミッションも負担する という仕組みを断ち切って売り手は売り手エージェントのコミッションだけを負担するという仕組み(ディカップリング)である。買い手が買い手エージェントコミッションを負担するというのが最もシンプルであるが、頭金・諸費用にコミッションがプラスされるとなると買い手への経済的負担は重く現実的には この形態は現実的ではない。もし売り手が買い手エージェントのコミッションも負担する場合交渉の段階 で買い手エージェントコミッション分は売買価格で調整されるべきものであるとしている。つまり売買価 格から買い手が負担するということでもある。売り手にとって買い手エージェントに支払うコミッション額(支払いなしの場合もある)が、買い手を決定する上で大きな要因となる。これによって複数の買い手からオファーが入った場合でも公正な競争原理が働いて売り手・買い手双方にメリットがある。買い手と買い手エージェントにとってコミッション額はこれまでの売買価格に対する%というだけではなく、費やした時間に対する時給や固定額ということも可能である。しかし前述のように買い手への負担が大きいため実現は一部の取引に限定されるであろう。
全米不動産協会は3月15日原告に対して総額4億1800万ドルを支払うことに合意した。さらにコミッションに関して適正競争が可能になるよう改革案を盛り込むこともその中に含まれている。MLSには買い手エージェントに支払われるコミッション額は今後(今年後半から)表示されない。交渉時にケースバイケースで協議して決められる。買い手と買い手エージェントは内覧の前にあらかじめコミッションの支払いについて協議することになる。
売り手が売り手エージェントを通じて売買コミッション全てを負担するシステムがなくなると買い手エージェントのコミッションは減額傾向にあり一部の業界予測では住宅不動産コミッション総額はこれまでの60%にまで落ち込む可能性があるという。買い手にとって買い手エージェントの存在は必要不可欠な場合 が多いが、買い手エージェントという立場はかなり不利になる。今後その存在は減少するのではないか。 投資企業キーフ・ブルエット・ウッド社(KBW)の調査によると「コミッションに関する混乱は避けられ ない。またどのような形式になるかも全くわからないが、これまでのシステムは崩壊する。ただ消費者にとって住宅の売買における透明性が増す。」という。
KBW 社予測では「住宅物件では1取引当たりのコミッション額は現在の5−6%から2−4%に下がる可能性 が高い。コミッション収入が減ると大手フランチャイズのビジネスモデルはかなり厳しいものになる。現在全米不動産協会に属するメンバー160万人が今後極端な場合60万人くらいにまで減る可能性がある。 最適なエージェント総数は米国で50万人程度であり、そもそも限界エージェントは今後ますます淘汰さ れる。」とかなり悲観的な見方をしている。
一方でこれまでのコミッションモデルにさほど変化は起こらないという意見もある。USC 教授ジョーダン バリー氏はその一人である。 まず今回の裁定について被告の多くが控訴する予定で最終結果が出るにはかなりの時間がかかることをあ げている。同氏は「慣例からして売り手と売り手エージェントがコミッションを買い手エージェントに提 示するやり方は最もスムーズで自然である。必要なのは買い手への開示である。その開示は IT が進んだ現在あらゆる形で可能だ。」としている。また「買い手エージェントがコミッションの高い物件を勧める (ステアリング)のは当然である。それに対して公正な競争が行われるような新たな市場の仕組みが求められる。売り手と買い手エージェントはコミッションに関して切り離して考えるべきである。」という。
大手フランチャイズでは RE/MAX、ケラーウィリアムズ、ANYWHERE(元 REALOGY)が被告となっており、今後も訴訟は拡大すると見られている。
今後間違いなく言えることは買い手のコミッションを含めて全てのコミッションはどのように支払われるか取引に関わる当事者全員に開示されること、そして買い手・売り手共にコミッションの扱い方について選択・交渉が可能になるということである。不動産業界にどれだけの影響を与えることになるかは不明であるが、少なくともビジネスモデル改変とエージェントや不動産オフィスの数と規模にインパクトがあることは確かである。