不動産ビジネスの将来を揺るがす問題

( ダリルフェアウェザー、カールメッドフォード両氏の記事を編集)

米国にマイホームを所有していて職がある人にとってパンデミックはそんなにマイナス影響を与えていない。逆にマイホーム価格は全米で大きく跳ね上がってプラス面の方が大きいかもしれない。世界中の他のエリアと比較すれば米国における状況は羨ましがられる事態と言える。しかし今後の不動産を考えるといくつかの問題点が存在する。

1. 地球温暖化

地球温暖化を肯定否定するかに関わらず、地球の気候変動は明白である。変動により山火事、台風、ハリケーン、洪水など災害が増加している。変化によって家を建てる場所や家の建築方法を変えざるを得なくなっている。例えば海辺の海抜が低いエリアでは防波壁の高さや家の土台を上げる必要がある。山に近い場所では屋根材や壁材を耐火性の高い建材に変えたり、スプリンクラーシステムを改善するなどの対策が不可欠となっている。

またこういったハザードゾーンに暮らすこと自体、その安全性を問う必要がある。地方自治体によってはこういった地域に住宅を建設する許可を与えないという決断をしているところも多い。ハザードエリアでなくても夏のエアコン機能を高める、雨対策、自然光、風を生かした温度調整、断熱材の多様、スマートホームなど温暖化に対する対策が多くのハウジングで適用されている。

2. 格差

最近格差に関する問題が多く取り沙汰されている。持つ者と持たざる者の差が年々拡大している。一時期は努力の問題だと片付けられていたが、最近では資本主義・自由主義の限界、構造的な問題、努力では埋まらない格差として取り上げられるようになった。パンデミックはこの格差をさらに大きくした。下層部の人々に対して上層部から富を移動させる所得再配分の議論が日本も含めて各国で起っている。マイホームを持つものと持たざる者の間でも格差が拡大している。持つ者は低金利と資産価値の上昇により経済的により豊かになっているが、持たざる者はレントの上昇と資産の欠如によって生活の安定性を失っている。

ソーシャルモビリティーと呼ばれる社会層間における移動が困難になっている。貧困層から中間層へ、中間層から富裕層へと移動するいわゆるアメリカンドリームがこの国でも難しくなっている。大学卒業や職業だけでなく、持家でも格差が存在する。持家のない家庭に生まれると、一生マイホーム
に住めずアパートに暮らす可能性が高くなっている。ホームレスが増加するのもこのためで、今後ホームレスは全米で増加する。

3. 凶悪犯罪増加

多人数の無差別殺人、白昼の強盗など種類に関わらず凶悪犯罪が増えている。FBI によると 2019 年 から 2020 年にかけて凶悪犯罪は 25%増加しているという。犯罪は前述の格差と大きく関係してい る。多くの人々が住む場所によって所得格差が生まれ、犯罪率や安全性がずいぶん違うと認識してい る。そのため犯罪率の低いエリアにハウジング人気が集中するトレンドが続くことになる。

ホームセキュリティーやゲートコミュニティー、セキュリティーパトロールなどのアメニティーはマイホームの重要なセリングポイントになる。

4. サイバー犯罪・デジタル化

サイバー犯罪も増えている。これは一部の人に限らず国民全体に影響を及ぼす。不動産取引において は個人情報漏洩や資金送金時のの盗難など取引自体の安全性に関わる重要問題である。デジタル化に 関して消費者が情報を得るソースはほぼインターネットやアプリが常識となった。ショーイングも現 地内覧の前に 3D ツアーやビデオツアーができるようになった。これがさらに使いやすくリアリティ ーを持った体験ができるようになる。コロナ対策でフェースレス、コンタクトレスの流れが加速化す る。電子署名はすでに普及して当たり前になったが、今後デジタル通貨や仮想通貨による決済も議論 の対象となるだろう。ただテロや不正資金の流れを助長する可能性もあるため、米国政府を含め各国 政府は極めて慎重な立場を崩していない。法制化に向けての動きが今後加速化すると見られる。

5. 人種間の対立

BLM もその一つであるが、人種間の対立がエスカレートしている。人種差別だけでなく性別や家族構 成などマイノリティーに対する差別、所得格差など複雑さを増している。ハウジングにおいても取引 時における差別を撤廃する厳しい法律が施行されているが差別が根絶されてはいない。住む場所によ って状況が異なるため、買い手にとってこれも住宅市場を決めるときの重要な要素となっている。 地域によって様々な人種がミックスしたエリアと特定の人種が集中するエリアとが存在し、それぞれ 違った人々からのハウジングに対する需要が生まれている。

6. サプライ不足

サプライチェーン不足の問題が各業界で続いている。半導体、自動車、食料から始まり建材など不動産に関わる業界に及んでいる。ロングビーチ・ロサンジェルス港ではコンテナ船が数十隻に上げできないまま停泊中である。住宅建設の着工も停滞しており、建築中の物 件も完成が遅れている。DIY 店やプロ用建材 店では建材や部品不足が続き、価格高騰と在庫不足によってリフォームや新築に大きな支障をきたしている。インテリアでも IKEAを見るとあらゆる家具やインテリア用品が売り場で売り切れとなっている。

7. 労働力不足

労働力不足に関して以下の要素を指摘したい。

・経験の豊富な職人がリタイアを迎えている。電気工事、配管工事、大工はその代表格で特殊なスキルを要する作業が滞っている。こういった分野で後継者が育っていない。

・職人が住宅費の高い大都市圏に住めない。住宅費の安い郊外から通うのは時間と交通費(燃料費)がかかる。

・安い賃金で働くより政府からの失業保険や生活保護を受けた方が得だと考える労働者が減らな い。

・若者は IT 業界に希望が集中しており、こういったブルーカラーの職業に就きたがらない。


8. ハウジング不足

レントがパンデミックでも上昇しているため、レントを支払えない層が増加している。その極端な結果としてホームレスが増加している。賃貸物件オーナーは政府によるテナント保護政策によって強制退去できない、レントを徴収できないジレンマが続いている。物件を売却するかもしくは賃貸物件から売却物件にかえる方針転換に出たオーナーも多く、ますます手頃なレントで提供する物件が減っている。デベロッパーでも管理に手間がかかる賃貸物件よりすぐに資金回収できる建売物件に変更するケースが多い。

土地価格の上昇に加えて建築コストは建材の高騰、労働力不足による賃金上昇、許認可・申請費用の増大などコストがプッシュアップされているためあらゆるプロジェクトでコストアップが見られる。フィジビリティーに合うプロジェクトがなかなか存在しないため、供給不足は当分続く。ハウジングは賃貸、購入両サイドで不足している。現時点で自治体がこの問題に適切なソリューションを見出したとは言えない。

9. 保守派と革新派の分離

友人の中で政治的な分断が激しい地域から逃げ出す人が増えている。彼らは保守派(共和党)と革新派(民主党)の対立地域から離れて自分と同じ政治主張を持つ人たちが多い地域で住むことを望んでいる。

コロナだけでなく移民法についての議論、銃規制、人工中絶、環境問題・脱炭素化、国防などこれま で選挙のたびに取り上げられてきた課題について、これまでも保守派と革新派が真っ向から議論を繰 り返してきた。トランプ政権でその傾向がさらに強まり現在政治思想は完全に 2分裂している。お互いに歩み寄る気配もなくこれが米国議会でも重要な案件が可決されにくい状況を生んでいる。 このことは以下のような影響を与えている。

・保守・革新のバランスが取れたコミュニティーが減って米国の各地域で二極化している。これはますます地域的な対立を助長し長期的に良い傾向とは言えない。

・例えばアイダホ州ボイジ市ではこれまで保守派が多数派であったが、最近 IT 企業の移動などで 革新派が増加している。旧住民と新規住民の間で早くも政治的な対立が深まっている。

10. コロナワクチンの接種

ワクチンやコロナ対策でも人々の意見が対立している。前述の政治的見解とも関係する分野でもある。ワクチン接種を個人的なポリシーから拒否する人も少なくない。家族親戚や友人の間でもその分断が見られる。安全を求める人にとってはワクチン接種率が高く多くの人がマスクをしているエリア
へ、自由を求める人にとってはマスクをしないでも動き回れるエリアへ移動しようとしている。

11. 各種保険の加入難

自然災害によるクレームの増加で一部の保険会社はクレームが多い地域からの撤退を決めている。山火事多発地域や洪水多発地域では保険の加入が難しい。フロリダ州などハリケーン地域はクレームが多いことで有名である。地震保険は地震フォルトラインから距離が離れていても免責が高く、保証額もかなり制限されている。加入できても保険料が極めて高くなる。そのためこういった地域に住むことはリスクと見られる。取引時点でも重要項目説明事項に該当するため物件のマイナスポイントとして判断される。保険は米国全域で誰もが加入できるものだと見なすべきではない。加入できてもその条項にかなりの特例や対象外項目が存在する。以上多くの要素はパンデミックの影響によるものである。パンデミックが直接の原因ではないとしてもその傾向を加速させ顕著にした影響力は否定できない。