買い手エージェントコミッションに関する一連の訴訟や騒動がようやく治ったようだ。しかし今住宅系不 動産ビジネスが内部で大きく変動している。買い手エージェントが受け取るコミッションの開示、買い手と買い手エージェントとのコミッションに関する契約、買い手エージェントに売り手がコミッションを支払う場合の契約など細かい規定が出来上がりこの問題が解決されたかに見える。公正で透明性のある取引を目指すというNAR(全米不動産協会)の狙いは功を奏したように見える。
しかし現実は少し違う方向に向き出している。公正さや透明性から逆の曖昧で一方的に有利な状況になりかねない旧態のシステムに戻る可能性がある。これがPLNs(Praivate Listing Networks)である。お宝 物件や隠し物件とほぼ同義といって良い。NAR が掲げた CCP(Clear Cooperation Policy)が創出されると 同時に登場したと言って良い。PLNs はその名の通り売り手(貸し手)からリスティング(受諾権利)を 獲得した売り手エージェント(ブローカー企業)がそのまま内部で買い手を探して取引をすることに他ならない。MLSやポータルに掲載するまでに内部で取引するために、NARのガイドラインは適用されない。 売り手エージェントと買い手エージェントは同一人物か又は複数のエージェントになるかもしれないが、 ブローカー企業にとっていずれも企業に専属するエージェントのみが関わるため両手取引、内部取引ということになる。あくまでこれが売り手の意向であるとすれば問題は発生しないはずである。
もちろん売り手にとって一人でも多くの潜在購入者に物件を検索、内覧してもらった方がより早く、より高く売れることは間違いない。しかしこの問題は売り手側だけでは済まない。買い手側の立場を考えてみよう。
NARの訴訟が解決した時多くの業界関係者やアナリストが懸念していた買い手エージェントの権利と存在は守ることができたが、Dual Agency(両手取引)が増加すると予測していた。買い手エージェントに対するコミッションに関する合意形成や契約が複雑になり、買い手が取引しにくくなるという議論である。
事実その傾向はあらゆる市場で見受けられる。今この問題は単に買い手エージェントのコミッションに留 まらない。PLNs によって多くの売り出し物件は広く MLS やポータルに掲載されないまま、一部の大手フ ランチャイズを中心に大半がプライベート(ブローカーオフィス内部)で取引される可能性がある。その 際必ず Dual Agency が発生する。NAR が目指している公正で透明性のある取引とは全く逆の方向に向いて いるという皮肉な事態が起きている。
これによって買い手からすれば物件の選択肢が限定されてしまう。買い手は大手フランチャイズを中心とした売り手エージェントに直接コンタクトすることを余儀なくされてしまう。
バッファロー大学教授タニアもネスティアー氏は PLNsについて「ビデオストリーミングサービスと同様の見方ができる。消費者はネットフリックス、Hulu、アップル+、Amazonプライムというサブスクサービスに加入する以外に様々なビデオを楽しむ方法がない。一旦1社のサービスに加入すると他社に移動するのは難しい。かといって契約しないとケーブルテレビや地上波が提供する古くて、余物のコンテンツしか見られない。」と述べている。つまり消費者にとって選択肢がないということは寡占状態のサービス契約を余儀されるため、本来与えられるはずの権利を知らないまま失っていることになるというのが同氏の分析である。
住宅不動産でも同様のことが起きつつある。買い手は選択肢を限定され、本来同意していないはずのDual Agency というトラップにはまっている。多くの買い手はDual Agency がどのようなものであるか、 取引にどういった影響があるのか完全に理解しているとは言えない。どれほどエージェント(ブローカー オフィス)が努力しても Dual Agency は法的に公正さと透明性が欠如する可能性を含んでいる。 買い手にとって PLNs は情報が公開されていないため売り手エージェントという本来売り手側の利益を代 表する立場にある人間と対峙しなければならない。どれだけ公正で平等な取引を求めても売り手と買い手 で 50-50 といったパワーバランスは成立しない。多くの場合売り手側に権利がシフトしている。
Dual Agency はほとんどの州で認められているしそのガイドラインや倫理規定が厳しく決められている。 しかしこれを実行することは難しい。エージェントは売り手と買い手両者間の微妙で難しい局面を通り抜 けなければならない。ブローカーオフィス(エージェントの責任者)にも大きな負担と責任が及ぶ。 詳細なディスクロージャー(重要項目説明)はマストであるが、それでもクレームや訴訟に発展するケー スが絶えない。訴訟の多くが Dual Agency に関わるケースである。Dual Agency において買い手への透明 性、選択肢の確保、権利の保護をどのようにして獲得するかがエージェントにとって最優先の課題とな る。
ブライト MLS 社は PLNs について以下のような分析を行なっている。
(PLNsにより) MLSから買い手が得られる物件情報が減り、しかも在庫が少ない状況において買い手にとって家探しはますます困難になっている。ある地域において PLNs が取引数の20%を超えるところが存在する。昨年買い手エージェントとしてサービスを提供していた購入希望者の70%は選択肢の少なさや 家の購入プロセスにフラストレーションを貯めた結果諦めたという。
PLNsで最も公正さが欠如しているのはDOM(Days on market、売り出し日数)とPrice History(売り出し価格の推移)である。この欠如は売り手には有利でも買い手にとって不可欠な情報である。これによって交渉の仕方、価格、条件などが随分と違ってくる。
• DOM がないと買い手は物件の人気度や市場での反応が把握できない。
• Price Historyがないと物件の市場での反応、売り手の動きがわからない。
PLNs は買い手に大きな影響を与えるばかりではない。たとえば鑑定にも大きな影響を与える。多くの鑑 定士は MLS から周辺事例のデータを得ている。このデータが限定されると、鑑定の正確さにズレが生じる。鑑定の信頼性が落ちると、それを基準にしている融資や他の取引での交渉にも影響が出る。長い目で 見れば買い手だけでなく売り手にもマイナスの影響が出る。
透明性はNAR訴訟後でも大きく問題視されている課題であるが、PLNs はその潮流に沿っていないばかりか完璧に逆流している。
今後買い手にとっては受難の時期を迎える。多くの物件情報が売買完了となった後に少しだけ情報が手に 入る。情報の欠如は購入プロセスにとって大きな障壁となる。また売り手側で低所得者、マイノリティ ー、ハンディキャップなどの購入層を除外しようとする差別的な行為も助長することにつながりかねない。そうなればこれは重大な倫理規定違反であり、差別行為である。NARが大前提とする Fair Housing から大きく遊離してしまう。
結論
買い手エージェントが得るコミッションの透明性から発した一連の事件は収束したかに見えるが、「売り 手の選択」という名の元に行われる PLNs は物件情報開示、売り手の一方的な有利という点で大きな問題 を内包している。エージェントに求められる資質で最重要なのは公正、透明性である。不動産エージェン トそのものに対する社会の信頼性低下につながる可能性がある。PLNs は新たな火種になりかねない。